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■「第90回公共哲学京都フォーラム6月に参加」徳尾裕久 2009・6・24
●2009年6月20日(土)21日(日)22日(月)にリーガルロイヤルホテル
京都にて第90回公共哲学京都フォーラムが開催されて朝9時から夕方6時まで参加
者33名で討議がありました。
小生は6月20日の5番目に発題者として■「脳と脳をつなぐことば」と題しまして
20分間パワーポイントで説明して後に40分間討議いたしました。
小生の人生でも大変に実り豊かな3日間でした。
こころから感謝申し上げます。
京都フォーラム事務局長 矢崎勝彦様
公共哲学共働研究所長 金泰昌 様
事務局 スタッフの皆様 には
こころから感謝申し上げますとともに・・・幸多かれとこころより祈ります。
(下記は京都フォーラムのホームページからの引用です。ご参考までに。)・・・
■京都フォーラムは、1989年11月3日文化の日、京都の地に始まり、西洋哲学
と相補的に東洋で育まれた深遠なる哲学に学ぶことを共通認識に、京都大学名誉教授
清水榮先生を座長としてお迎えし、発足しました。将来世代に向けて地球上の環境や
教育に関する提言を発信し、開かれた存在である自己を目指して「私心」を自覚的・
実践的に超越していくため、「地球の危機に対して宗教と科学はいかにあるべきか」
を皮切りに、主に、環境と共生、科学、教育、宗教の分野を中心に各界学識経験者に
よるフォーラムをこれまで59回にわたって開催してまいりました。
●1992年のリオデジャネイロで開催された地球サミット(環境と開発に関する国
連会議─UNCED─)の際には、4月にM.F.ストロング事務局長をお招きしてのUNCED事
前会議京都フォーラムを初め、6月、リオの地で同会議のUNCED公式日刊新聞『地球サ
ミット・タイムス』の国際版発行(米財団地球サミット・コミッティ議長T.キール氏
との共同作業)、公式ニューズレター『地球サミット・ニュース』の日本語版発行
(環境庁監修)、
同会議の公式図書『地球エシックス』の日本語版発行(講談社)、同会議協賛による
NHK衛星放送特別番組「地球サミット─将来世代から地球の現在を問う」および地球サ
ミット公式ポスターの協賛企業募集等、幅広い支援活動を展開いたしました。
●89年からの10年にわたる活動の中で、地球大の課題、日本の国内外の問題を考
えていくにあたって、「私」と「公」、「公共」という概念を見直し、公共マインド
を育むことが必要であるとの認識から、新しい公共意識の理論的な研究と実践的な反
省をこめて、真の公共性の追求をすべく公共哲学共同研究会(現・公共哲学京都フォ
ーラム)を1998年4月より始めました。
●何故「公共哲学」を語るのか。研究会を始めるにあたって、まず、日本の抱える諸
問題の根源には健全たる公共性の認識とそれに基づいた判断力が欠けているのではな
いかという問題意識がありました。そこで公共を活性化・健全化・成熟化することを
基本課題と捉え、そこから人間と、人間を取り巻く組織、国家、世界との関係はどう
あるべきか、またそのあるべき関係を多次元相互関連的に、かつ根本的に問い直すべ
く討議を重ねてまいりました。さらに、公共哲学を実践につなげていくため、現下の
諸処の問題を具体的な生活世界の現場から考え直すとともに、国家を超える公共性の
地平を念頭に入れたグローナカル(グローバル・ナショナル・ローカル)な視点で捉
えるということに強調点をおいて討論をしてまいりました。
●こうして多くの日本を代表する各分野の卓越した諸先生方との協働努力によって行
ってまいりました研究会の発題、討論、発展協議の内容が、よりよい未来を開くため
に最善を尽くすという先生方の思いとともに、東京大学出版会よりシリーズ『公共哲
学』第1期〜3期全20巻が2006年7月に結実いたしました。これからも、対話から生ま
れる新しい公共性や公共哲学観点から現下の諸々の課題を捉え直すところから見えて
くる、新たな公共世界の創出をめざしていきます。
●2009年6月20日(土)21日(日)22日(月)にリーガルロイヤルホテル
京都にて第90回公共哲学京都フォーラムが開催されて朝9時から夕方6時まで参加
者33名で討議がありました。小生は6月20日の5番目に発題者として■「脳と脳
をつなぐことば」と題して20分間パワーポイントで説明して後に40分間討議いた
しました。実り豊かな3日間でした。こころから感謝申し上げます。
■歴史
1989年11月3日文化の日 京都フォーラム発足
1992年2月 アースサミットニューヨーク準備会議
1992年6月 リオ アースサミット
1993年9月 第一回将来世代留学生フォーラム
1993年10月 第一回将来世代学識者フォーラム
1994年11月 第一回世界将来世代京都フォーラム
1998年4月 第一回公共哲学共同研究会
(現 公共哲学京都フォーラム)
2001年11月−2002年7月 シリーズ『公共哲学』第一期全10巻完巻
2004年7月−11月 シリーズ『公共哲学』第二期全5巻完巻
2006年2月−7月 シリーズ『公共哲学』第三期全5巻完巻
■京都フォーラムが皆様とともに共働構築をめざす「公共哲学」とは、
一言で要約すれば、公共する哲学です。
「公共する」とは「対話する」・「共働する」・「開新する」ということであります。
「公共哲学」は自己と他者との対話・共働・開新を通じて自己と他者が互いに連動し
て変化・改善・新生する哲学、そして、知と徳と行の相互・相和・相生による個人と
社会と世界の相互関係を再構築するために貢献する哲学です。
■<公共哲学京都フォーラムが目指す3つの基本目標>
■1.,共に哲学する
哲学するということが「公共すること」になるためには、他者が自己に回収されるこ
となく、その独自性と相違性の存在とその固有の価値、尊厳を認識し合い、条件無し
に尊重するということが何よりも優先されるべきです。自分一人で哲学するのでもな
く、親密な仲間同士で哲学するのでもなく、自己に回収・同化されることのない他者
と共に哲学することが「共に公共哲学する」ということです。
■2. 横断媒介的な公共哲学の共働体験と実験に対話者全員が参加し、その過程と成果
を相互共有する
従来の参加者のタイプには大きくわけて二つのタイプがありました。まず、天地万物
の一体性と一元性と普遍的妥当性にこだわるタイプ。そして、天地万物の多様性と多
元性と特殊的個別性に執着するタイプです。普遍論者と個別論者が出会うと、相互の
強硬な対立関係が強調され、両者が相交わることはないでしょう。これが、モダンと
ポストモダンの思想家、文筆家、実践家の間の哲学上の分裂であり、対立であり、反
目であります。
哲学におけるこの苦境を改善するために、京都フォーラムはこれまで、全く新しい局
面を開いていくため、普遍性・一元性・全体性と特殊性・多元性・部分性を大胆に交
叉させる一方で、認識論的・価値論的・存在論的な単一宇宙と多元宇宙の間で知的な
橋渡し役を演じ、パラダイム間を縦横・往来するという努力を絶えず続け、それを深
めてきました。
京都フォーラムの「公共哲学」は、「間」(between)の哲学であり、「共」(togeth
er with)の哲学であり、「超」(beyond)の哲学であります。京都フォーラムの主な目
標は、「(内在する)自己」・「一元性」・「同一性」に基づいた単一宇宙と他方の
「(外在する)他者」・「多元性」・「差異性」に基づいた多元宇宙との「あいだを
つなぐ(betweening)」・「ともにむすぶ(togethering)」・「ひらいてこえる
(beyonding)」ということを持続的に実行するところにあります。
知・徳・行の三次元相関的な仲介・連結・変革は、公共哲学の研究と実践における基
本姿勢です。公共哲学は専門哲学者による・専門哲学者の・専門哲学者のための哲学
研究というよりは、一人ひとりの市民による・市民の・市民のための哲学運動であり
ます。専門哲学者も一人の市民としての立場に戻って、そこから新しい哲学を切り拓
いていく運動に参加することが期待されるのです。
公共哲学的思考と実践は「内」か「外」か「下」か「上」かというよりは、「間」か
らの発想・思考・探索を重視します。その意味において、互いに対立しやすい単一宇
宙的世界把握と多元宇宙的世界把握の間をつないでむすんでひらくところに生成され
る横断媒介的宇宙という世界把握に基づいた哲学を目指すのです。
■3.グローバル・ナショナル・ローカルという三次元相関的な視座・視点・立場か
ら思考・判断・行為し、責任を負う
現在のところ、日本国内外の公共哲学者の大部分はナショナル志向です。その一方で、
グローカル志向の公共哲学者も存在します。彼らは地球的・地域的展望の両方を繋げ
る傾向を強調するという意味で「グローカリスト(地域性も考慮してグローバルな視
野に立った人)」と呼ぶことができます。現在、京都フォーラムは、バランスの取れ
た公共哲学的見地から見て最も適切な多くの重要課題を選択し、それらにより効果的
かつ有意義に対処するため、展望をそれぞれ連結し、相互に関連させ、調整し、相乗
効果を生み出させることを目的としています。これに関連して、京都フォーラムでは、
グローバル(地球的)、ナショナル(国民国家的)、ローカル(生活の現場)志向の
展望を横断媒介的に考察することを目的に、「グロナカル」な観点の形成を重視しま
す。
■<公共哲学京都フォーラムの緊急課題>
■1.人間形成のプロセスにおける「グロナカル(グローバル×ナショナル×ロー
カル)」な市民性の育成を個人的及び集団体的なレベルで相互関連的にすすめてい
く過去長きにわたって、人間形成を行う目的はほとんどの場合、国民国家の目的達成
に貢献する国民性の形成に重点が置かれました。特に、自分の国のために戦って死ぬ
べきとされた兵士および/または自分の会社(または工場)のために働いて死ぬべき
とされた会社人間という形での人間形成が行われてきました。このような人間形成を
すすめてきたのは、軍事国家および/または工業国家の「公(認)哲学」と言えるで
しょう。
京都フォーラムは、生活現場としての地域・地方の居住者としての意識の重要性と必
要性を人々が認識し始める時代に応じて、ローカル・ナショナル・グローバルなレベ
ルでそれぞれ人間的アイデンティティの多元・多重・多層的複合体としての市民性と
いう概念を重視します。それは人間の一元的な理解とは相反するもので、人間の単一
固定的な捉え方―例えば国民―に拘束されないということです。
京都フォーラムは、物事を相関的・発展的かつ脈略連関的な視点から見ることを基本
的な姿勢・方法・精神としています。人間形成についても、相関的・発達的かつ脈
絡(関連)的な観点から捉えます。
市民性とは、人間の位相の問題であり、権利の問題であると同時に資質の問題でもあ
ります。また、市民性とは、政治的には積極的な政治参加への意思を持ち、社会的に
は善良社会への改善への積極的な貢献を願望し、経済的には日常生活における経済的
自立を維持し、文化的には健全な市民文化の構築に寄与する意思と能力と目標を持つ、
というところから生まれる人間のありかたであります。それは、おのずから与えられ
るというよりは、みずから獲得するものと考えます。
■2.グロナカルな倫理観の育成を共に探求する
京都フォーラムが「グロナカルな倫理」と呼ぶものを得るためには、倫理的思考と行
動がグローバル・ナショナル・ローカルの各レベルで示す性質を互いに結び付けたり、
相関関係を持たせたり、相乗作用を生み出させたりすることが必要です。このグロナ
カルな倫理を構成するのは、グロナカルな考え方、世界観、そして、市民性です。
また、道徳が個人の美徳に関わる個人の「内」在的なものであると捉えるのであれば、
倫理はローカル・ナショナル・グローバルな連動を含む自他「間」関係的なものである
と考えています。
■3.グロナカルな公共世界の共働構築
京都フォーラムは、生活世界の様々な状況が生み出すニーズや要望を検討し対応する
一方で、世界の様々な場所において横断媒介的な公共世界を共に構築することに重点
を置いて持続的な探求を行っています。
私たちが「公共世界」と呼ぶものは、一方に存在する制度世界ともう一方にある生活
世界の間に構築されるものと考えられています。通常、私たちが「公」的な制度世界
として見るものは、政府官僚組織や司法制度、議会、軍隊などの政府関連の組織や制
度です。私たちが「生活世界」と言う場合には、通常の人々が日々の生活を送り、個
々人の私的な幸福を追求する場である数多くの様々な時空間を意味します。「公共世
界」と言う場合には、私たちは主に市民社会的な非政府、非営利のボランティア団体
とその活動の多次元なネットワークを思い浮かべます。そうしたものが果たす重要な
機能は、制度世界と生活世界の間を多元・多重・多層的にむすび・つなぎ・いかすと
いうことです。今日の世界はますますポスト・インターナショナルな世界になりつつ
あると言う人もいます。しかし、世界はますますグロナカルになりつつあるというの
が私の考えです。
京都フォーラムの主な考え方は、グローバルな普遍性という抽象的な概念とローカル
な多元性(個別性)という具体的な概念の間のバランスを保つために、多様かつ横断
媒介的な公共世界を数多く構築する必要があるということです。京都フォーラムでは、
この相関・交叉する普遍性と特殊性とのギャップを埋め、組み合わせ、なじませる方
法を模索するための努力も行っています。
■出版(くわしくはホームページをご参照下さい)
『フェリシモ 幸福社会学−CIからGIへ−』
矢崎勝彦 著(1990 フェリシモ)
「諸目標の目標としての『幸福』」を社会学的に追求する「幸福社会学」について、
経営哲学の上位理念としての側面と、企業活動の実践哲学としての側面の両面から
解説。企業経営の限界的発想を超え、地球市民として生きる新しい価値観、人間像、
社会像のあり方を模索する。(そのほかに多数あります。HPをご参照下さい。)
徳尾裕久(とくお ひろひさ)TOKUO HIROHISA
http://www.tokuo.com/
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